「ぴゃぴゃ(パパ)~、あのねぇ💗」と姫がパパに話しかけると、もう、YESしかないっす。
ママも坊がちょっと甘えた顔で見上げてこようもんなら、「僕は悪にでもなるー!♪」状態です。
これを、子どもたちはパパ活、ママ活、と言いますが、本家のパパ活ママ活が最強すぎる。
まあ、とはいえ、お互いちゃんと、さじ加減がわかっているわけで。
やみくもにおねだりされることもなく、絶妙なラインをついてくるのでございます。
おばあちゃんたちには、そのラインもないみたいですけどwww
8月最終週=夏休みが終わる!お弁当もなくなる!ヾ(*´∀`*)ノ
会議中に、変な時間にただいま!っと大声が聞こえて、慌ててミュートすることも、なくなる!w
とはいえ、ママママ!と私と遊んでくれるのも、もうそろそろ終わりかもしれない、
と思うと、一緒に遊んでくれるこの時間が愛おしくてたまらないです。
今朝、たまたまYahooで流れていた記事に共感したんですが。
今を大切にするために「死を想像する」 ストア派は、自分にとって大切な人を生存中に偲ぶべきだと信じていました。来たる日に備えて、相手がまだ生きているうちに、その死をたびたび思い描くようにと彼らは助言します。セネカいわく、「友人と過ごす時間を思い切り味わいつくそう」。それは我が子と過ごす時間でも同じであり、「なぜならこの特別な権利はいつまで自分のものであるか分からないからだ」。
私はまだ両親と会えるけれど、私が大好きだった、両親とサイゼリヤで豪遊する日はもう来ない。
こどもが私にまとわりついてくれる日は、明日は来ないかもしれない。
私が健康で毎朝目覚める日も、明日も続くかはわからない。
あ、全然悲観的に生きようということではなくて。
死ぬことを想像する、までしなくていいと思いますが、いま、を大事にする、はやりたいです。
友人が死んだときに悲しみに暮れて後悔するよりも、今この場に一緒にいる友人を大切にすることにあります。 セネカは言います。「失ってしまった相手を思い出すことが、私たちにとって確実に楽しい記憶となるようにしよう」。それが楽しい記憶となるのは、相手が生きているうちに心行くまで親交を深めたからであり、そうすれば相手が亡くなっても、苦しんだり不意打ちに感じたりすることはないのです。
今、を大事にすること。これは案外、できてないです。こどもとの話で、
おざなりに返信することも多い。ちゃんと向き合ってるか、いや、そんな時間のほうが少ないかも。
今日これが最後だったとしたら、、、ケンカしたって、笑顔で送り出す、を選択したほうが、いいんです。
時間がないから、〇〇しながら××する、ことを、やりがちです。
料理中にYoutubeを聞く。これは私にとって両立できるし楽しいんですが。
運動しながらYoutubeを聞く。これはダメでした。運動がおろそかになってしまう。
ちゃんと、ヨガの先生と一緒に、呼吸にまで気を使わないと、なんか効果が違うんです。
時間は有限だ、大切に、とはいうけれど。
そんな時間をだらしなーく使う、ことも、それは贅沢だったりするので。
トモダチとめっちゃ飲んで翌日二日酔いで使い物にならない自分、も、別に嫌いにならないで、
その二日酔いを感じて、ダメねぇ、でも朝寝って気持ちいい💗と思って生きていこう~

コメント
コメント一覧 (2件)
疲れてしまうほど「後悔しないように集中する」って、楽しくなくて後悔してしまいそうだ―
そう言いたいのは、きっと私の怠慢とワガママなんですよね。(笑)
にわえもん!後悔しないように、なんて自分を牽制しなくても、いいんだよね~
怠慢とワガママの反対側にいます、にわえもんは!