とある方のYoutubeをお昼休み聞いてたら、胸に刺さりまくったので備忘録。
(IKIGAISODATEの武蔵さん。人生の基本に立ち返りたいときに、聴いてます)
罪悪感は「人から否定される前に自分を罰して安心を得ようとする防衛本能」
「誰かに否定されるのではないか」という不安を持ち続けるよりも、自分から「あの時の私は良くなかった」と自分を責めている(自罰)ほうが、結果的に楽で安心できるため、頭の中でひとり相撲のようなドラマを作り出す(自作自演)
罪悪感を感じて自分を責めている時は、実際には行動しておらず、ただ頭の中で自作自演の世界を生きているだけであり、それはある種の「停滞」である
Oh!聞きなれた単語よ、自作自演! オモシロタノシズム界隈で、めっちゃ自作自演に気づいて
厄落としできた、ときもありました。
違うフィールドで聞いても、同じ文脈で、刺さりっぷりが半端ない・・・
人生の捉え方は自分次第で、起こったことも、捉え方次第。
私はしょっちゅう自作自演に陥ってるな、まだまだ人生ひよっこ46歳・・・
自分を裁く(ジャッジする)のではなく、自分を知ることからスタートせよ。
自分を「良い・悪い」で評価(ジャッジ)するのを止め、自分を責めそうになったとき、大切な友人に接するように以下のような問いかけをしてみて;
「どんな自分だったら愛せると思っているの?(どんな理想や期待を自分に課しているの?)」
「どうしたの? 何があったの?」
「何が不安なの? 何が解消されたら安心できるの?」
頭の中の「劇場」から外に出る
自分を責めることは「楽な道」への逃げであると捉え、あえてその劇場から外に出る決意をすることが大切
- 等身大の自分を見る: 勝手な理想や過剰な期待を自分にかけず、今の感情や欲求をそのまま観察
- 外側の物差しを捨てる: 世の中や他人の基準で自分を測るのではなく、自分の内側に意識を向け、自分が何をしたいのか、何を楽しみたいのかに集中
最近の罪悪感は、、、親子関係、かな。
両親はもう外食楽しめないな、もっと連れていけばよかった。
父の状態が悪いときは、このまま生活を続けるのが無理なんじゃないか、一人暮らしを強いてる?
健康を失ってから親孝行したくてもできない、時間を戻せるなら戻してほしい。
自作自演:理想の子供になりたいけれど、覆水盆に返らず
でも、、、よくよく思い返せば、両親が元気だったころ、そこまで円満親子、では、なかったのだ。
それこそ、母が倒れなければ、今だって月1度孫を連れて顔を見せることで親孝行してるんだと思い込みたかった・思い込み続けて現実を見なかった、だろう。
でも、現実を観察すれば。両親は確実に老いていた。アクションしようとすればできたのに、
先送りにしていただけ。そのときは、子育てや自分の時間が最優先で。
まあ、有限の時間の中で、そこまで自分を攻め立てても、思考停止なだけだ、ほんとだ。
今の自分が何をしたいのか。感謝と愛を、両親に伝えたい。
自分ができる範囲で。
介護中でも、子育て中でも、自分が満たされないと、相手に不満をぶつけることになりそうだから。
自分がやりたいこと=トモダチとの時間や、自分の時間を大切にしながら。
何が不安か、といえば、このささやかな小康状態の家族が、そんなに長くは続かないだろう、
という現実に、どんな心で向き合えば良いのかが、わからない。
老いるって、そういうことだと、学ぶしかない。感情を手放したい。


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