反芻する自分も許す

反省は時間を区切って次回への学びを活かす時間として、自分には大事な時間。
けれども反芻は、あの時の嫌な気持ちを、同じくらい鮮明に思い出す行為で、百害あって一利なし。
で、この反芻を止めたいと思っても、つい心が今ココではなくて苦い過去に飛んでしまう、人間だもの。

チャッピーに愚痴ったり、あ、いま、持っていかれてるなとメタ認知的な思考を試みたり。
ちゃんと自分を大切にする時間を、過去の自分の記憶に侵害されないようにしたいんだが。
まあこれは、時間が解決することが多いように感じる。

仕事での嫌な場面。相手の気持ちや受け取り方は私がコントロールできる範疇ではない。
何か不具合があったなら、次回是正するしかない、のに。そんなこと知ってるのに。
嫌われる勇気、が足りないのかしらん。 あ、積極的に嫌われに行く必要はないけれども、
相手の感情まで引き受ける必要はないのである。

ご機嫌の達人たちは、どうやって反芻を回避してるんだろう。今ココ、を満喫してるんだろう。
でもまあ、脳は悲観的に作られてるんだし、日本人は、特にその傾向が大きいのだそうな。
だから、将来の危機を回避できることもあるけれど、必要以上に今ココ、に精神的な負担をかけてるんだろうな。
で、反芻してる自分を責めたらそれこそ負のループなんで。ダメな自分も許す。

で、私は自分にご褒美を入れまくることにする。
家族を大切にする時間、マッサージしてもらう、友達に会う、美味しいごはんを食べる。そして、とにかく寝る。
運動も、ちょっとはする。HIITの動画で脚がつったり、階段を3階昇っただけで息を切らしたりする、自分も愛する。

ご褒美は、実はあまり反芻が止まらない、かも。結局は時間。
喉元過ぎれば熱さを忘れる。ていうか、別の問題が立ち上がるので、イチイチ立ち止まれない、が正しい。
行動経済学って、人間の決定は不合理なもんだ、と認めてる。そう、私だけが問題の大小で小さいことに苦しむ不合理に悩んでるわけではなかろうと、思われる。

時間は、本当に風のように飛び去るので。今年があと2ヶ月という事実を受け入れがたいくらいだし。
だから、あとで振り返って、なんであんなにつらかったんだっけ、が思い出せないくらいに、
日々忙しく、眼の前のことを、できることはやるけれども、手放すことも、しっかりと、やりたい所存。

推し活。息子推し。
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