自分の人生はこれからも続くと信じている。根拠がなくても、当たり前のように。
大学のゼミの同期が、亡くなりました。 闘病されていたと聞いたのがつい先月で。
ICUに入ってて、ご家族からご連絡いただいて、彼に音声メッセージを送ったけれども。
何を伝えたらいいのか、伝えたいのか、自分でも大混乱してた。
でも、心の中では、あのときはびっくりしたよ、よかったね、おかえり、と言える日が来ると、根拠がなくても思ってた。思いたかっただけなのかもだけど。
だから、旅立ちましたとご連絡をいただいても、実感があまりわかなかった。
お通夜に参列させていただき、彼の最近の写真をたくさん見ることができた。
卒業してから四半世紀。タバコと本をこよなく愛する誠実な人は、2人の娘さんのパパとして
穏やかで優しい笑顔をたくさん見せていた。
ゼミの仲間と、それこそ四半世紀ぶりくらいに会えた。
ちょっと、献杯して帰ろうかということになり。 お互いの近況はあまり知らなくても。
四半世紀前や、その途中で彼と会えた思い出話をすることができた。
次にみんなに会うのはいつだろうか。約束なんかできないけれど、だれかの訃報じゃないほうがいい。
ゼミの集まりは、、、正直気後れして、全然出てなかったけれど。
顔を合わせれば、お馬鹿な学生時代の思い出を共有してるので、楽しかった、ことを思い出すことができる。
四半世紀、最初は同じところにいたとしても。そう、ゼミにいたときでさえ、個性は様々、同じではなかった。
だから、それぞれが別々の道を進んだり、転んだり、横道にそれたり、まあ色々であり、でも人生の多感な大学生の時期に、めっちゃともに時間を過ごしたんだった。
あんなにエネルギッシュで輝いて見えていたゼミの先生は、そうか、あのときの先生が40代後半で、
私も今、その年齢なのか。
うーん、あんなに周りを引っ張るキャラじゃないけれど。
革命家じゃなくても実務家として、半径5メートルの家族や知っている人を大切にできている人生に満足してる。そして、根拠なく、自分が幸せなおばあちゃんになれると信じてる。
合掌


コメント